宅建士の仕事で、土地の仕入れなどで不動産詐欺に遭う事はあるのでしょうか?
最近の有名な事件では、日本を代表するハウスメーカーの「積水ハウス」が巨額詐取事件で約55億5千万円の損害を受けました。
「偽装証明書」で東京・五反田の一等地(約600坪)の所有者に成りすまし、積水ハウスから巨額をだまし取った地面師達の詐欺事件です。
本来ならば、契約などのチェック体制がしっかりしているはずの大手企業が騙された事は、世間にも衝撃を与えました。
この事件からは、東京を中心に過熱する不動産開発と人気の一等地の仕入れに焦る不動産業者達の姿が浮び上がります。
私も仕事柄、巧妙に仕組まれた大掛かりな不動産の詐取事件には強い関心を持っています。
今回の宅建士の仕事のテーマは、この「積水ハウスの地面師達の詐欺事件」についてです。
自分達の宅建の仕事への自戒をこめて、取引事故や詐欺に合わない対策を考えていきたいです。
Contents
積水ハウスの巨額詐取事件の概要
事件の詳細記事は、マスコミでも大きく取り上げられました。
土地は、品川区西五反田にある約2千平方メートルの旅館跡地。
積水ハウスはマンション建設用地を取得するため2017年4月、仲介業者を介して所有者を名乗る女から土地を買い取る契約を締結。同年6月にかけて計63億円を支払った。
しかし土地の所有権移転登記をしようとしたところ、所有者側の提出書類が偽造と判明。登記申請は法務局に却下され、所有者を名乗る女とは連絡が取れなくなった。
(引用記事;日経新聞11月25日「地面師グループの女ら逮捕 積水ハウス55億円詐欺被害」より)
積水ハウスは、当初は詐欺の事実を公にしたがりませんでした。
仮登記が無効とわかった時は、手付金だけでなく、購入代金の9割近い金額を既に地面師に支払っていました。
今回の詐欺の舞台になった東京・五反田の旅館跡地(約600坪)は、駅から5分という好立地にありました。
600坪のまとまった敷地が都心の一等地に出ることは、なかなかありません。
更にこの土地は、一等地にあるだけでなく登記簿の乙区に抵当権がありませんでした。
このような複雑な権利関係のない土地は、所有者が1人という事もあり、「まっさらな土地」として、登記移転の手続きも早く進みます。
分譲マンション開発などをすれば、まず売れる。
積水ハウスだけでなく、以前から何社もの業者が購入したいと所有者に熱心に働きかけていました。
しかし、土地の所有者である旅館の女将は、長年土地の売却を断り続けていました。
地面師(じめんし)とは
この事件に登場する地面師とは、不動産詐欺を行う組織のことです。
地面師(じめんし)とは、土地の所有者になりすまして売却をもちかけ、多額の代金をだまし取る不動産をめぐる詐欺を行う者、もしくはそのような手法で行われる詐欺行為のことである。
(引用:ウィキペディア(Wikipedia)より)
最近の都心部では、地面師の所有者になりすました詐欺が増えています。
地縁が強く地域同士の交流がある地方と違い、都心部では隣人との付き合いもありません。
そのような所有者が誰かわからない状態の土地は、成りすましの詐欺が見破られにくいです。
よって近所でも所有者が不明な販売しやすい好立地の土地は、詐欺の使われる事が多いです。
彼らは何ヶ月もかけて詳細に所有者や関係者について調査します。
そして所有者に成りすまして、不動産業者へ土地を売却したいと架空取引を持ちかけます。
条件の良い好立地を探している業者は多いです。
早く契約しないと他に売るなどと、契約を煽ると不動産業者は飛びつきやすく騙されます。
その時に所有者の成りすましに使う書類偽装も、彼らは得意としています。
今回は仮登記の段階で契約は無効になりました。
仮登記とは、本登記の前に優先順位を確定するために、仮に登記を行う手続きのことです。
彼らは本気で本登記まで契約が完了する事までは狙っていません。
あくまで、仮登記までに詐欺のターゲットからお金を騙し取ることを目的としています。
今回の事件以外にも、このような地面師に騙された不動産業者は少なくはありません。
宅建士であれば、注意しなければならない詐欺の手法です。
地面師達のプロを使った巧妙な手口
このような詐欺で重要な役割を持つのは「道具屋」と呼ばれる身分証や印鑑偽造をする業者の存在です。
道具屋は依頼されれば、パスポートなどの身分証明書、印鑑や登記権利書まで偽装します。
腕の良い道具屋に頼むには、独特のルートがないと無理らしく、大掛かりな詐欺を計画できる地面師は人脈も必要になります。
更に弁護士や司法書士などの専門家も巻き込み、正規の取引であるかのように、購入希望者を信じこませます。
実際に巻き込まれる弁護士や司法書士も、首謀者から詳細に仕事を依頼されるわけではありません。
地面師に巧妙に仕事の依頼をされると、自分が詐欺に加担している事に全く気がつかない人もいます。
(引用画像:朝日新聞デジタルより)
詐欺を見抜く機会を逃した積水ハウス
この詐欺事件では、積水ハウスのコーポレート・ガバナンス(企業統治)の体制の責任も問題にされています。
なぜならば、損害が出るまで詐欺が発覚する機会は何度があったからです。
最も致命的なミスは、積水ハウスが売買予約と所有権移転の仮登記をした後の事です。
本当の所有者から「書類は偽造」と内容証明の通知がされたにも関わらず、積水ハウスの社内では、怪文書として無視しました。
仮登記時には、本来の所有者へ通知がいきます。
これは、自分が知らない間に第三者に勝手に登記をされる事を防ぐためです。
今回のように所有者から「土地を売却する意思を示した覚えはない」と通知がくるのは、正規の取引ではありえない事です。
登記が困難になれば、土地の仕入れはできません。
参考記事:(宅建の仕事で不動産の仕入れができない?登記が困難になる理由とは)
不審に思わず調査を全くしない怠慢さは、株主から責められても仕方がありません。
積水ハウスは通知に対して、最初から土地の購入を妨害しようとしている動きと決めつけ、購入を焦り、代金の決済を強行しました。
その原因の1つは、社長が直々に購入に動いていたことから、社内で購入に反対することができなかったとも言われています。
積水ハウスには、契約業務の専門家である弁護士や不動産業に精通した宅建士もいたはずですが、全くチェック機能が働きませんでした。
所有者を名乗る女性の受け答えをみて、社内で不審に思う人もいたらしいですが、誰も本気で調査を行いませんでした。
結局、登記内容は法務局に偽造と判断されて、所有権移転の仮登記は解除されました。
後日、積水ハウスは詐欺に遭った事実を公式に発表しました。
その後、2018年10月に詐欺事件の容疑者が逮捕され、詐欺の全貌が明らかになりつつあります。
詐欺を見抜いた宅建業者はどこが違ったか?
今回のパスポートの身分証明書や印鑑証明書などの書類は、本物らしく精巧に作られていました。
積水ハウスが、あっさり騙されたように、書類偽造を見破るのは難しい状態でした。
しかし、積水ハウスと同じように、地面師から土地購入を持ちかけられた業者は、地面師達の詐欺を事前に見抜き被害を免れました。
では彼らは、どうやって地面師達の精巧な詐欺を見破る事ができたのでしょうか?
ある業者は、偽造されたパスポートのコピーの顔写真を近隣の住人に見せて聞き込みをしました。
都心部であっても幸い旅館業をしていた事から、所有者の女将を知る人は近所に居ました。
そこで数人に聞き込みをした結果、全く別人である事がわかりました。
また、ある業者は預かった登記済証のコピーを、念のために登記済書の印鑑名であった東京法務局品川出張所へ持ち込み照合しました。
「100%偽造だとは言えないが、気を付けた方がいい」などと回答されたことから、取引を止めました。
他の業者達は、念には念を入れた確認を怠らなかった事から、被害を免れることができました。
内容証明で警告を受けていたのに握りつぶした積水ハウスとは大きな違いがあります。
その意識の差は、危機感をどれだけ持っていたか?の差でもあります。
積水ハウスは、55億近い損害を出したとしても潰れる事もなく、誰かが個人で大きな借金を背負う事はありません。
しかし、通常の中小企業では、億単位の金額を失う事は、倒産になる程の損害になります。
現場で確認を真剣に行ったかどうかは、その危機感の差の違いが、はっきりと出たのだと思います。
宅建士が仕事で詐欺に合わない対策とは?
不動産詐欺は、精巧な書類偽装や司法書士などの専門家を使われると、見抜くのが難しいと言われます。
しかし常に現場で「念には念を入れた確認を行う」事が、騙されないようにする1番の対策だと思います。
また、焦って契約を行うと騙されやすいので、「大きな決め事は慎重に行う」大切さを今回の事件から学べます。
「現場の確認と慎重に判断する姿勢の大切さ」について印象に残っている記事があります。
以前に掲載されていた日経新聞「私の履歴書」の中で安藤忠雄氏が書いていた記事です。
京セラの社長など一代で大事業を成し遂げた経営者達は、依頼先の安藤氏の設計事務所を、社長自らが訪問したらしいです。
目的は、設計士と単に打ち合わせする為だけではありません。
大規模な建築物の設計を依頼すると、竣工まで数年かかります。
それまでに依頼先の設計事務所が持つかどうか?を判断しに来ていた事が主な目的でした。
所員の働いている様子、設計事務所の規模や経営状態などを、実際に現場をみて冷静に総合的に判断します。
大胆な決断を下す一方で、そのような緻密な仕事をするから、会社は大きくなるし、今も存続していると彼は書いています。
今回の積水ハウスの地面師の詐欺事件は、宅建士の仕事をする人にとっては他人事ではなく、教訓になる事件だと思います。
「慎重に常に現場の確認を怠らないように」私も仕事をしていきたいものです。
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